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若一神社(にゃくいちじんじゃ)

若一神社(にゃくいちじんじゃ)

京都の中心部の通りは、南北と東西に直交する碁盤の目と呼ばれる通りになっています。
その京都の道の南北を貫く西大路通りを北に上ると、八条付近で少し道が膨らんでいるのに気付かれている方も多いと思います。
その膨らみにあるのが、ここ若一神社。
平家にゆかりのある開運出世の神社としても有名です。

若一神社は、交通の要所に位置する平家ゆかりの神社で境内に「平清盛公西八条殿跡」という石碑があります。

ここは平清盛が六波羅在住の頃、別邸として西八条殿を建てたとされています。
48000坪もの広大な敷地に清盛の屋敷を中心として50もの煌びやかな館が集まっていたと言われています。

現在の西大路八条にあたる場所は、平安時代には西国街道と山陰道のつながる場所でした。
近くの丹波口は、日本海側からの入り口、さらに平安京の入り口羅生門近くという場所は、まさに交通の要所であり、「人の動き=情報」をつかもうとした清盛の素晴らしい先見があったことを知らしめる場所とも言えます。

また、清盛の娘を高倉天皇に嫁がせたことから、今でもこの辺りの地名は「御所ノ内町」と呼ばれます。

■開運出世のご利益の由来

開運出世のご利益の由来

清盛が熊野詣でに参った際、「土中に隠れている 御神体を探せ」とのお告げがあり、帰京して探したところ、『若一王子(熊野権現の第一王子)』の御神体を発見し、邸宅内に社を造りこれを祀ったのが若一神社の始まりとされています。

そしてその翌年、清盛は太政大臣に任ぜられ平氏の勢威がのびたことから、開運出世のご利益があるとされています。

■平清盛が手植えした楠

平清盛が手植えした楠

境内の大きな楠は清盛が太政大臣に任ぜられた際、それを感謝し自らの手で植えたと伝えられる御神木で、邸宅に火が投げられても楠は焼け残ったと言われています。

また昭和になってからも、都市計画のためにこの楠を切ろうとすると関係者に災いが起こったりしたことから、今でも大きな楠はそのままに西大路通りは少し膨らんだままになっています。
京都の碁盤の目の道を曲げてまで道を通しているのは本願寺さんと、ここ若一神社だけです。

■若一神社の神共水(じんぐすい)

若一神社の神共水(じんぐすい)

本殿から奥に行くと、清盛の熱病を冷やすために使ったと言われる御神水があります。この神共水は平家物語にも記述があり、開運出世の水として、また地元では新生児誕生の産湯としても使われています。
京の銘水のひとつでもあり、また自由に飲めると言うので日に300人もの近隣の方がお水をもらいに来られているのだとか。

手洗い場の水も同じ井戸水を使用されており、嬉しいことに夏は冷たく冬は暖かいお手水で清めてお参りすることができます。

○1月1日~2月末日 西大路七福社 ご利益めぐり

現在の西大路通がある場所は、平安時代には京の中心を南北につらぬく朱雀大路が近くに通っていました。
そのため歴史と由緒ある神社が多く、北大路通から南は十条通まで、直線距離で約6キロメートルの間に七社あります。
(わら天神宮、平野神社、熊野神社衣笠分社、大将軍八神社、西院春日神社、若一神社、吉祥院天満宮)

社の御朱印をすべて受けられた方には、参拝記念品として干支の置物が授与されます。
新春に若一神社を含め西大路通をゆっくりと、めぐられるのもよいのではないでしょうか。

ご利益めぐり

※このページの内容は掲載時点での情報です。変更となる可能性がありますので、お出かけの際は事前にご確認ください。

【詳細】
  • 若一神社(にゃくいちじんじゃ)
  • 所在地:〒600-8863 京都府下京区七条御所ノ内本町98
  • 電 話:075-313-8928
  • FAX:075-322-2440
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