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八坂神社(やさかじんじゃ)

祇園や新京極、寺町といった繁華街を横断する京都のメインストリートともいうべき四条通。
その東の終点に立派な楼門を構え、多くの観光客が訪れる神社があります。
今回は、日本三大祭の1つ「祇園祭」を行う神社として有名な「八坂神社」をご紹介します。

八坂神社の写真

【八坂神社について】

日本神話にも登場する素戔嗚尊(すさのをのみこと)を主祭神とし、創祀は平安遷都の約150年前にあたる斉明天皇2(656)年と伝えられています。
かつては感神院または祇園社と呼ばれていましたが、明治維新における神仏分離により慶応4(1868)年に八坂神社と改称されました。

当時の祇園社において祈祷により疫病の流行をおさめたことから、藤原氏をはじめ朝廷の中心人物からの崇敬を集め、その地位を高めていきました。
ついには長徳元(995)年に、国の平安を守る王城鎮護(おうじょうちんご)の22社の1つとなり、現在でも日本全国から崇敬されています。
重要文化財である現在の本殿は、昔2つに分かれていた本殿と拝殿とを1つの屋根で覆ったもので、「祇園造」という独特の建築様式をとっています。

八坂神社2の写真

【祇園祭のはじまり】

京都の三大祭、日本の三大祭の1つとされる祇園祭の誕生は、京都で疫病が流行したときに天皇の命を受け、当時の国の数66になぞらえて66本の鉾を立て祇園の神を迎えて祭られたことに由来しています。
洛中の男児が祇園社の神輿を、「神泉苑(しんせんえん)」に送って厄災の除去を祈ったといわれています。

平安時代の中頃からは規模も大きく、空車や田楽等も加わって賑わいを見せるようになり、室町時代には町々に特色ある山鉾があったことが『祇園社記』に記されています。

後の応仁の乱(1467年)により祇園祭も一時中止されていましたが、33年後に再興。
その後も社会情勢による中止や、火災による多数の山鉾の消失などの存続の危機がありましたが、その都度、いわゆる町衆の心意気と努力によって再興し、現在に至っています。

【蘇民将来と厄除けの起源】

地上に降りた素戔嗚尊は、南海を旅している時に蘇民将来(そみんしょうらい)という人物に一夜の宿を請いました。
蘇民将来の家はとても貧しかったのですが、粟で作った食事で素戔嗚尊を厚くもてなします。
この蘇民将来の真心を喜ばれた素戔嗚尊は、子孫繁栄を願い『蘇民将来子孫也(そみんしょうらいのしそんなり)』と記した護符を持つ者は、疫病を免れることができるよう約束しました。

厄除けの写真

その故事にちなみ、祇園祭では、「蘇民将来子孫也」の護符を身につけて祭りに奉仕されています。
厄除け粽(ちまき)にもこの護符があり、山鉾町で授与される粽にもつけられています。
また祭の最後を締めくくる7月31日の疫神社夏越祭(えきじんじゃなごしさい)は、八坂神社の境内で蘇民将来がまつられている「疫神社」において行われます。

来週は八坂神社の主な行事をご紹介しますのでお楽しみに♪

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【詳細】
  • 拝観時間:自由
  • 拝観料:無料
  • お問い合せ:075-561-6155
  • URL:http://www.yasaka-jinja.or.jp
  • 住所:京都市東山区祇園町北側625
  • アクセス: 京阪電車「祇園四条」駅下車 徒歩約5分
    阪急電車「河原町」駅下車 徒歩約8分
    JR「京都」駅下車→市バス206系統「祇園」下車すぐ

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