わかさ生活 わかさの広場

  • 企業情報
  • ご登録の確認・変更
  • 定期お届けコースの変更
  • お問い合せ
  • ショッピング
  • 通心ポスト
  • 友の会
  • クイズ
  • ビジョントレーニング
  • 総合案内所

全国の目にご利益のあるスポットを紹介! 全国目のご利益スポット

【東北】 山形県

湯殿山注連寺(ゆどのさんちゅうれんじ)

湯殿山注連寺(ゆどのさんちゅうれんじ)

江戸時代に鶴岡藩の城下町として栄えた鶴岡市は、当時の街並みや歴史的な建造物が多く残されています。
鶴岡市の南東部に位置する「注連寺」には、自らの左目を龍神に捧げて眼病平癒を祈願した即身仏「恵眼院(えがんいん)・鉄門海上人(てつもんかいしょうにん)」様がおまつりされています。

上:入口、中:天井絵画「飛天の図」、下:天井絵画「聖俗百華面相図」

上:入口、中:天井絵画「飛天の図」、下:天井絵画「聖俗百華面相図」

湯殿山注連寺について
注連寺は、天長10(833)年に東北地方を巡行していた弘法大師空海が開基したといわれています。弘法大師は桜の木に注連縄(しめなわ)を張り、壇を築き、49日間の護摩祈祷により八大金剛童子が現れ、湯殿山のご神体を導かれました。弘法大師が桜の木に注連縄をかけたことから、「注連寺」と寺号がつけられました。弘法大師が注連縄をかけた桜は「七五三掛桜(しめかけざくら)」と呼ばれ、咲き始めた頃は花びらが白色で日が経つにつれて桃色に変わる神秘的な桜です(開花時期は5月上旬頃)。2011年10月には「東北夢の桜街道88ヵ所巡り」の一つに選ばれました。
また本堂の天井を見上げると、故・村井石斉画伯による伝統絵画と4人の現代作家による絵画の展示なども楽しむことができます。
左上:恵眼院 鉄門海上人、右上:眼病平癒のお守り、右中:注連寺からの眺め、左下:七五三掛桜 咲き始めの様子、右下:七五三掛桜 見ごろの様子

左上:恵眼院 鉄門海上人、右上:眼病平癒のお守り、右中:注連寺からの眺め、左下:七五三掛桜 咲き始めの様子、右下:七五三掛桜 見ごろの様子

目の神様としても信仰のある即身仏「恵眼院 鉄門海上人(えがんいん てつもんかいしょうにん)」
注連寺には、日本でも珍しい即身仏(そくしんぶつ)が安置されています。
即身仏とは、厳しい修行を行い自らの肉身を残して大日如来となった僧侶のことをいいます。日本には18体の即身仏があり、そのうち鶴岡市には6体もの即身仏が安置されています。
こちらに安置されている即身仏は、明和5(1768)年に鶴岡市で生まれた鉄門海上人(俗名:砂田鉄)。鉄門海上人は25歳の時に注連寺で出家をし、「鉄門海」の名を与えられました。その後、湯殿山の仙人沢で修行を行い、数々の事業を成し得たといわれています。文政の頃、江戸では眼病のはやり病が蔓延し、人々が病に苦しんでいました。その頃、江戸にいた鉄門海上人はこの事態に直面し、「私の祈祷によって病を治そう」と決意しました。文政4(1821)年、隅田川の上にかかった両国橋の真ん中に立ち、厳しい表情で念仏を唱え続けました。次の瞬間、目をぱっと見開き、手に持っていた短刀で自身の左目をえぐり出しました。隅田川の龍神に向かって、「眼病平癒、なさしめたまえ(眼病平癒を成就させよ)」と唱え、左目を捧げました。すると眼病で苦しんでいた人々が次々と平癒し、江戸の町から眼の病が消えたといわれています。人々は鉄門海上人を崇め、「恵眼院(えがんいん)」と呼ぶようになりました。
その後、鉄門海上人は各地での布教活動を行い、54歳の時に注連寺に戻ってきました。そして飢饉や疫病に苦しむ民衆に代わり、62歳の時、3,000日間の修行(五穀断ち・十穀断ち・山草や木の実だけを食べる木食など)を経て即身仏になりました。
5月8日には、毎年鉄門海上人大祭が行われ、多くの人が参拝に訪れます。

自らの左目を龍神に捧げ人々を眼の病から救い、そして民衆の苦しみを代行して即身仏となった鉄門海上人。
鉄門海上人が安置された注連寺を訪れてみてはいかがでしょうか。

更新日:2014年06月27日

アクセス JR「鶴岡」駅より車で約30分
JR「鶴岡」駅より庄内バス「湯殿山」行き乗車「大網」下車後 
徒歩約25分
住所 山形県鶴岡市大網字中台92-1
お問い合せ 0235-54-6536
URL http://www2.plala.or.jp/sansuirijuku/
備考 拝観料:大人 500円 参拝時間:8:00〜17:00(5月〜10月) 9:00〜16:00(11月〜4月)
印刷する

近くの目のご利益スポット

地域一覧に戻る
目のご利益スポット トップに戻る

このページのトップへ戻る